編集長の思い出 第9話 ある雪の日に



 

 ある年の4月初め、箱根は夕方から季節外れの雪が降り始めました。日勤だった私は駅前のお客様の行列が解消してから会社に戻り、家路についたのですが、自宅まであと数分と言う場所まで来て渋滞。箱根は宮ノ下の富士屋ホテルまでは雪が積もらないのですが、宮ノ下を過ぎた辺り(標高500m附近)からは状況が一変します。都内からお越しの方は「ここまで来れたから大丈夫だろう。」とノーマルのタイヤのまま登って来られますが、箱根山中の雪の坂道は国道であっても甘くありません。地元の人は12月~4月上旬はスタッドレスタイヤを装着。私は4輪駆動車にスタッドレスタイヤにしています。

 小涌谷駅横の踏切手前から進めなくなった車が立往生。進める車は対向車の隙間を縫って1台、また1台と少しづつ進むしかありません。
 「仕方ないなぁ。」とぼんやり外を見ていると、真っ暗なバス停に二つの人影が・・・。恐らくバスは運休しているはずです。
 「暫く待っていたら、バスが来ないことに気が付くだろう。」と一旦はバス停の横を進んで行ったのですが、どうしても二つの人影が気になります。「取りあえず、バスが来ないことだけを伝えるか。」踏切を超えたところでUターン。
 バス停には寒そうに二人の女性が佇んでいました。運転席側の窓を開けて、
 「バスは多分、運休ですよ。」と大声で告げると
 「この上のセブンイレブンまで夕食買いに行くんです。歩いたらどのくらいかかりますか?」
 雪がなければ10分位の距離ですが、雪の中を慣れない女性ではちょっと無理な感じです。どうやら宿に泊っている様子ようなので、
 「この雪で行くのは危険なので、宿で夕食を用意してもらったらどうですか?」
 「頼んだんですけど、余分な食材がないみたいで、用意できないって!」確かに最近の宿は予約の分しか食材を用意していない処が多い。
 「明日の朝まで辛抱できませんか?」
 「無理です!それに明日の朝食もないんです。」「えーっ。」
 と言うことで、お二人は私の4輪駆動車の後部座席に乗って、セブンイレブンに向かうことになりました。お二人は都内の女子大生。
 「ありがとうございます。帰りは歩いて帰りますから。」
 「下りは登りよりも危険ですよ。今日は帰りも送りますから、必要なものは全部買ってきてください。」
 「おいくらですか?」
 自分自身はタクシーの乗務員であること、自家用車で有償で人を運ぶことは白タク行為になること、タクシーの乗務員が白タク行為をすると厳しい罰則があることなどを説明して、お金は受け取れないことを納得してもらいました。
 買物が終わって宿の前まで送ると、一人の女性が、
 「ありがとうございました。とても助かりました。それからとても勉強になりました。これ差し入れです。」と珈琲を渡してくれました。
 「ありがとう。これに懲りずにまた、箱根に来てくださいね。」
 「この次は天気の良い日に来ます。その時はタクシーに乗りますね。」と言って別れました。

 雪は夜のうちに止んで、翌日は晴れ。まぁ、何事も無くて良かったです。