第2話 初めての観光タクシー

 


 まだ、新人と言われていた10月のある日の昼過ぎ、箱根湯本の駅から年配の男性と中年の男性お二人がご乗車されました。
 「運転手さん、2時間30分貸切でお願いします。箱根らしい場所をめぐって最後はこのホテルにつけてください。」
 低音の太い印象的な声です。
 年配の男性はお二人のお父様で足が悪いので、外には出ないとのこと。空は今にも雨が降り出しそうな雰囲気。
 この天気で、外に出ずに箱根らしい場所?頭をフル回転して箱根らしい場所を検索します。  
 まず、国道1号線を強羅に向かって走ります。塔ノ沢にある函嶺洞門、福住楼、環翠楼、一乃湯本館を車窓からご覧いただきます。
 それから、大平台のヘアピンカーブ、富士屋ホテル。すすき草原、大涌谷下の噴煙の上がっている場所、二十五菩薩を回って箱根神社へ。
 ここで、息子さんお二人はお参り。最後に旧道を通って、東海道の石畳と甘酒茶屋を説明して、箱根湯本のホテルにお送りしました。
 降車の際に 「新人だったので、至らないところがあって、申し訳ありませんでした。」とお詫びしたところ、お父様から
 「箱根には何度も来ているけど、初めて聞く話ばかりで楽しかったよ。」とお話になられ、チップまでいただきました。

 それから、2年ほど経ったある日、コロナ禍の休業日。愛車で買い物に出かけている時に電話が。
 「以前、世話になったんですが、今日、また観光をお願いできませんか。」多分、あの男性の声です。
 「申し訳ありません。今日は休業日なんです。」
 「そうですか。残念です。」と電話は切れました。

 前日にお電話いただいていればと悔やまれます。