編集長の思い出 第18話 甘栗のおもてなし


 

甘栗のおもてなし

 17話の話よりも5年ほど前のことです。私は最初の転職でテレビ局の子会社の通販会社に勤務していました。
 最初の担当はなんとダイヤモンドの仕入れ。量販店でキッチン用品(料理はできないのに)の担当をしていたので、家庭用品だと思っていたのに、いきなりダイヤモンドの仕入れ。只のダイヤではなくてルースのダイヤモンドです。
 上司に「ダイヤのことはよく分からないんですけど。」と言ったところ、
 「みんな分からないから同じだよ。」えっ、まじ?
 取引先はロンドンのダイヤモンドカッターの商品の日本の代理店を経営している社長。いつ帰ってくるのか分からないので、いつもその会社のお店で手伝いをしながら、社長の帰りを待つ。1ヶ月ほど経って名前を覚えてもらい、2ヶ月後には原価70万円のルースダイヤを銀座のお店に置かせていただくことに成功。しかし、高すぎて2ヶ月かけてオーダーは二つ。しかも小粒のダイヤ。
 しかし、会社は電波に乗せて、高額のダイヤを売りたい。
 たまたま、その年の秋にダイヤモンドカッターの副社長が来日することになり、2日間の日程で交渉。
 しかし、ダイヤモンドのオーダーは本来は事前に数量を定めて買取が基本なのにテレビ局の通信販売は消化仕入れ。
 お客様からのオーダーがあってから発注する形。当然折り合うはずもなく、交渉は決裂。その夜、上野のレストランで関係者が会食。
 私は通訳の人と一緒に末席へ。取引先の社長や私の上司たちは全員英語が話せるためにその場の公用語は英語。
 私以外は同じタイミングで笑うのに、私だけ遅れて笑うと言う居たたまれない感じのシチュエーション。
 宴たけなわになった頃、上司から「美馬君、せっかくだから何か質問をしたら。」と言われたので、ありきたりとは想いながら、
 「日本の食べ物で美味しかったものはなんですか?」多分寿司とか???ところが予想に反して、
 「浅草で食べた甘栗が美味しかった。」との回答。
 上司は「美馬君、明日朝一で買って、出発前にホテルに届けてあげなさい。」えーっ、明日土曜日ですよー。

 翌日早朝、私は土曜日なのにネクタイを締めて上野にいました。なぜ上野なのか。ダイヤモンドカッターの副社長が上野のホテルに泊まっているから。なぜ上野のホテルなのか。それは宝飾品のお店や会社が上野や御徒町周辺に集積しているから。
 甘栗はすぐに見つかったので、買おうとしましたが、このまま買って行ったら冷めてしまって美味しくないはず。そこで、路地裏の金物屋に行って、発砲スチロールのクーラーボックスを購入。それに甘栗を詰めてホテルにお届けしました。
 取引先の社長がご一緒で、クーラーボックスの意味を説明してくれました。

 それから2週間位後に取引先の通訳の方から連絡があり、すぐに会いたいとのこと。ダイヤモンドカッターの副社長から手紙が届いたそうで会社に持って来られました。当然英語なので、通訳の方が日本語に翻訳してくださいます。
 「甘栗を待合室で食べていたら、他の外国人が声をかけて来たので、甘栗を渡して食べ方を説明したら、みんな美味しいと行って食べてくれた。私は人気者になったよ。ありがとう。その話を社長(父親)にしたら、そんなに面白い人物がいるのなら、その会社と1年間は取引してみよう。」と言うことになったとの説明。甘栗効果で無事に翌年度から取引ができることになりました。しかし、私は翌年1月に広島に赴任。
 残念ながらその事業に立ち会うことはできませんでした。しかし、とても貴重な経験をさせていただきました。