編集長の思い出 第10話 成田での出来事
去年の桜が咲き始めたころの話です。朝一で芦ノ湖湖畔の高級ホテルから外国人の家族3名様を成田空港そばのホテルまでお送りしました。 幸いにも、出発が早かったので、渋滞もなくホテルのエントランスに到着。料金は確か高速代を含めて6万円程になっていました。
まぁ、成田までなら平均的な料金です。奥様とお子様はさっさと降車され、荷物を持ってホテルのフロントへ。
旦那様は上機嫌で、 「パーフェクト!」とポケットから財布を取り出し、カードを抜き取りました。
私は拙い英語で、料金を伝えました。すると、旦那様はカードの代わりにスマホを向けてきました。
「なぜ、こんなに高いんだ。4万円のはずだろう。」
私はタブレットを取り出し、翻訳ソフトを立ち上げると、
「箱根から成田は高速代を入れるとこのくらいの料金です。箱根から羽田は4万円弱です。」と説明。
「そんなはずはない。昨夜、妻がホテルのフロントに確認したんだ。その時にホテルがタクシー会社に確認して、4万円と言われた。」
「成田と羽田を間違えたんじゃないですか?」言った後で、この言い方はまずかったと気が付きましたが、後の祭り。
「私の妻はそんなこと間違えるはずがない!しかも、このホテルは羽田にはないじゃないか。」と。車内は超険悪なムードに。
「では、ホテルに確認しては如何ですか?」
「そうだな。電話してくれ。」「えっ、私が。」と思いましたが、張り詰めた雰囲気を打開するにはこれしかないと携帯で電話を。
当時、操作性を重視していた私の携帯電話はガラケー。 ホテルの女性スタッフに会社名とお客様の名前を告げて電話をお客様に渡します。 しばらくするとお客様が電話を返してきました。
ホテルのスタッフが、
「4万円と言っちゃったんですか?」と私に質問が・・・。どうやら状況が正しく伝わっていない様子。
「私は金額のことは一切言っていません。昨夜、そちらのフロントのスタッフがタクシー会社に確認して4万円と伝えたようです。」
「えっ、ほんとですか!」ホテルのスタッフもようやく事の重大性に気が付いた様子。
「も、もう一度お客様をお願いします。」 今度は旦那様は強い口調で話しています。
また、携帯電話を返されたので、携帯に耳を当てると、
「この時間、ナイトのスタッフが帰宅しているので、昨夜の確認ができません。支配人に相談しますので、少々お待ちください。」
と言うことで、旦那様と私の二人が車内で沈黙の時間を過ごすことになりました。
よく映画で仲の悪い二人とか、敵味方同士二人が時間を過ごすシーンがありますが、丁度そんな感じです。
旦那様は電話を代わったあたりから助手席に移動しています。・・・参ったなぁ、大変なことになっちゃったなぁ・・・、
忘れ物が無いか後部座席と荷室の確認でもしておくか。 「ソーリー。」と声をかけてリアゲートを上げて荷室を確認。
何もなし。後部座席を確認するとシートにスカイラインのミニカーが。
タブレットで、
「これはお子さんの持ち物ではないですか。」とお尋ねます。
「おーぉ、これは息子の大切な愛車なんだ。彼は将来、プロのドライバーになりたいらしいんだ。」と久しぶりの笑顔。
「奥様も美しいです。」
「彼女は素晴らしい女性なんだ。」と自慢話が始まりました。スマホとタブレットを駆使してのコミュニケーション。
30分以上経ってようやくホテルから電話がかかってきました。携帯をお客様に渡します。お客様は再び強い口調で話しています。
ふと見ると、タブレットが頼みもしないのにお客様の話を翻訳しているのに気が付きました。
「いつまで待たせるんだ。タクシーのドライバーもずっと待っているんだ。彼は関係ないのに可愛そうだ。」
数分話していましたが、ようやく納得されたようで通話は終わり、カードを差し出してこられました。
どう解決したのかは分かりませんが、私としては一件落着です。ふー。
別れ際、お客様は手を出してこられたので、手袋を外して握手。お客様が差し出したスマホの画面には、
「今日は貴方が担当で良かった。」と。
大変貴重な経験をさせていただきました。